1社目、研修から配属まで

退職までの道のり

理学部の大学院の修士を終了し、

晴れてメーカーの新卒社員として入社した私は、

社員寮に入って、初めての一人暮らしを満喫すると共に、

これからの社会人生活を迎えることに大きな希望を感じていた。

 

就活自体は厳しかったが、何とか内定を獲得し、希望通りの研究職として採用、

子供の頃から研究職だった父に憧れて、大学も理学を専攻した私にとって、

天職とも言える仕事だと思いながら入社を決めたのだった。

 

まずは製造課で研修を行い、研修後に本配属になる。

研修自体は強力な酸を扱ったり、20㎏程度の缶やポリ容器を

積み込む重作業だったが、作業についてわからないことや重労働のコツを

先輩方から教えて貰い、必死で研修を行った。

 

研修中、ポリ容器をパレットに積み込む際にバランスを崩して肩を痛めてしまったが、

総務の方からは

『自分でバランスを崩して肩を痛めたなら、就業中でも労災とかにはならないので、病院には労災とか言わないように』

と言われ、社会人は自己責任が大事なのかとその時は思っていた。

 

5月になり、

GWに入った時に大学のサークル仲間と飲み会をした。

周囲の仲間たちは、早々に研究職としての研修に入っている中

ポリタンク積みや製造業務について語った際、

仲間たちは『本当に研究職に配属されるのか?』なんて冗談めかして

笑っていたが、その時は現場のことを知らないと業務が出来ないんだよって

笑いながら返して楽しく時間を過ごした。

 

5月中旬になり、

いつも通り重労働を終え、寮の共同浴場でシャワーを浴びていると、

研究所にいる寮の先輩から、

『お前、営業行くんだって頑張れよ』

といきなり言われた。

寝耳に水のことで、思わず。

『ええっ!!そうなんですか?全く聞いてなかったんですけど!』

と先輩に聞いたら、先輩がまずいことを言ってしまったという顔をして、

『ああ、もしかしたらの話だから気にしないでくれ』

と言い、慌てて浴場から出ていってしまった。

部屋に戻った私は頭が真っ白になると共に、

内定後のことを思い返していた。

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最終面接後、内定の連絡を頂いた後、

念のため、人事の方に希望していた研究職が出来るかと確認した際、

『大学院卒ですし、きっと研究職として働くことが出来るでしょう』

と返事を頂いていたこともあり、自分からの内定を蹴らないことの証として

教授からの推薦状も提出していた。

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特にその後、営業とかの話とか出ていなかったし、そんなはずはない!

そう思いながらも、先輩の言葉には信憑性があった。

確かに思い当たる節はある、

同期で入社した女の子は、早々に研究所勤務だと言われて

研究所で分析などの業務を覚えている。

はじめは、女性だからあんな重いものとか危険なことはさせないのだろうと

考えていたが、確かに扱いは違う、

それに、配属先について聞いてみても、研修後に本配属は決まるとしか回答がない。

 

その日以来、営業に行くかもしれないという不安と戦いながら研修に臨むこととなった。

 

6月中旬になり、

いつもの研修後に、いきなり工場長に後で来るようにと呼び出された。

何事かと思いながらも、足を運ぶと工場長と製造部長が部屋の中にいた。

工場長は満面の笑み、製造部長はなぜかばつが悪そうな顔でこちらを見ていた。

工場長がおもむろに

『今週末で研修を終わらせて、来週からは営業に配属となったから行ってくれ』

と私に言った。

やはり先輩が言ったことは本当だったのかと思う一方、

ショックで顔が引きつって、体の芯まで冷えるような冷たさを全身で感じていた。

工場長が笑いながら製造部長へ

『恐らく彼は研究所にでも行けると思っていたみたいだけど、

驚きのあまり、固まっているようだね』

と言っているのがかろうじて聞き取れる。

話が違うと激高したくなるのを必死で抑えながら、

私は部屋を後にして、寮に戻った後思いっきり泣いた。

 

その後、このままではいけないと

転職紹介で有名なのD社へ登録し、大手メーカーのJ社を受けようとするが、

J社を受けるにはキャリアアドバイザーに登録しなければならなく、

面談に行くことにした。

D社での面談では、とても高圧的な女性が担当となった。

語調がかなりきつく、言葉の節々に私を責めるような感じがした。

それでも、J社を受けるためなら仕方がないと思い、

面接を聞いていたが、面接の最後に女性から求人を無理矢理紹介され、

・年収240~350万程度

・年間休日105日程度

・社会人として3か月もしないであきらめる人に紹介できるのはこれくらい

・J社はあなたの能力では全く話にならないので紹介できない

と突き放すように言われ、考えてみますと弱く返して、

うなだれながら寮に帰ることとなった。

 

寮に帰り、今の待遇なら、もう少し我慢してやるべきかもしれないと、

半ばあきらめに近い気分のまま、週末を過ごすこととなったのだった。

 

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